トリートメント・コーディネーター 定光 祐美(スタッフ)|福山・岡山・広島の歯科医師・歯科衛生士、求人、転職情報

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スタッフ紹介

トリートメント・コーディネーター 定光 祐美

一言メッセージ

なかむら歯科クリニックのために力を注いでいきたいです。

自己紹介

私は福山市の隣、岡山県井原市で生まれ育ち。小さな頃から田舎ならではの自然の中ですくすくと育ち遊ぶときはいつも外で走り回って遊んでいました。

一つ上の姉とは毎日のように笑いあい喧嘩もし、時には男の子のように蹴りあったり、かなりわんぱくに育てられました。そんな姉とも今では喧嘩もしなくなり、一緒に遊びにもいける友達のような関係になりました。

小さな頃から頑固で自己主張が強く負けず嫌いの泣き虫でした。今でもあまり変わらず、唯一泣き虫なところがなくなったくらいです。もしかすると小さいころに泣きすぎて今は涙があまり残ってないのかも・・(笑)

 

そんな私にも自信を持って言える自慢があります。それは巡り合いの運です。なかむら歯科クリニックとの出逢いもそうですし、今までの私の人生の中でいろいろな場面でたくさんの人に助けられてきました。

まずは中学校。私は友達と一緒にソフトテニス部に入部しました。私の年のソフトテニス部は大人気で20名ほどが入部しました。先輩たちも多く男女それぞれ一つしかないコートで順番に打ったりボール拾いをしたりとボールを触る時間よりおしゃべりの時間のほうが多かったかも・・。

特に仲の良かったメンバーは今でも近況報告をしたり定期的にあったりしています。それぞれが別の道を行っていますが集まれば中学時代と変わらずにずっと笑い話ばかりです。

そんな楽しかった中学時代の次は高校時代。私は地元から少し離れた仲の良い友達は誰も行かない高校を選びました。入学して一からの友達作り。

人見知りで普通の顔が不機嫌そうにみえる私がどうやって友達を作るのか・・。大丈夫でした。自然と仲間が集まります(笑)しかし高校時代私はいきなりやる気がなくなります。

理由は今思えばただのわがままです。自分のやりたいことはする。けどやりたくないことはとことんやらない。極端すぎますね・・勉強もどんどんやらなくなり成績も下がる一方。上から数えたほうがよかった成績も卒業するころには下から数えたほうがはるかに早くなっていました。

真面目にも行かなくなる中でやっぱり続けられたのは友達のおかげでした。みんな、わがままだけど何故かいつも一緒にいました。裏も表もなく、なんなら裏ばかり見せ合ってきたような気がします(笑)

入学前に想像していた高校生活とはかけ離れたものでしたが私の中ではかけがえのない日々でした。自分の感情を剥き出しにして周りの人たちに甘え自分の思い通り過ごした高校生活。その時はあたりまえだと思っていた、たくさんのことがあたりまえではないことに気が付いたのは高校を卒業してからでした。

高校卒業して大阪の専門学校に行きました。この大阪での2年間が私のとって大きなターニングポイントでした。初めての一人暮らし!夢にまで見た大阪での暮らし!もう楽しみしかありませんでした。

小さな頃からテレビが大好きだった私は芸能人になるのはさすがに無理と自分でもわかっていたので(笑)せめて裏方としてテレビを作りたい!というミーハーな気持ちから高校での進路も早々に決め、今まで見ていたキラキラしたテレビの世界に飛び込めるという期待に胸を膨らませ入学しました。

しかし一人暮らしはとても大変でした。今までどれだけしてもらっていたのかがよく分かりました。冷蔵庫を開ければ何かあったのに買ってこなければないのです。服だって洗濯かごに入れておけば洗って畳んであったのに、全て自分でしなければならないのです。

今まで当たり前だと思っていて、何とも思っていなかったことがあまりにも多すぎて驚きました。当たり前になりすぎて気付なかったこと、感謝の気持ちすらもててなかったこと。一人暮らしをして本当に良かったです。

学校は入学しても毎日が楽しかったです。だって授業の内容は実際に現場で働いてる方が来られて教えてくれたり、合間には裏話をしてくれたりとミーハーな私にとっては嬉しくてしかたありませんでした。


なんだか友達の友達が芸能人のような気分です。(笑)しかも大阪。遊ぶところもたくさんあります。遊んでいると芸能人に会えたりだってします。学校には芸人さんが来たりします。

キラキラした世界が、もっとキラキラしてきたときに先生からうちの会社で働いてみないか?と言われました。私がしたかったこととは少し違いましたが、それでも業界で働けると思い、学校には研修というかたちで席をおいたままその誘いを受けました。

私はこの先生から誘っていただいたことを今でも本当に感謝しています。ずっと憧れていた世界で働ける。希望しかありませんでした。

実際に働いてみると学校とは違う仕事の量と質に驚きました。学校で基本的なことは教えてもらっているとはいえ、実際の現場では使い物になりません。一から教えてもらうことばかりでした。学校で学んだことが役に立つこともありましたが、微々たるものでした。

最小限の人数で決められた予算と期間でより質の高い作品を作る。携わる人みんなのモチベーションがとても高くみんなで一つの良いものを作るという気持ちが何もできない私にも伝わってきました。

私は自分の甘さが恥ずかしくなりました。社会に出て働くということは大変だと思いました。頼るばかりではダメなのです。何も出来ない私でもしなければならないことがたくさんあるのです。

自分のすることがあるのに時間を割いて教えてくれる先輩。迷惑ばかりかけているのに笑顔で迎えてくれる方。礼儀もしらない私に優しくしてくれる方。もちろん怒られるときもありましたがそれもまた私のためを思ってくれていることにも気づきました。

たくさんの人に助けられ支えられ過ごしました。この会社で約1年半働かしていただいて大変なことの方が多かったかもしれなかったですが、それを上回る充実感がありました。この1年半で私は人としても大きく成長できたと思います。

そんな日々の中、もちろん憧れていた東京に就職活動にも行きました。しかし行きたかった会社には受からず悩みました。今までは自分が思ったことはなんだってやってきた私。

初めて挫折という気持ちを知ったのかもしれません。このまま大阪で今のような生活を続けるのか、それとも東京に行き働いてみるのか。

そのとき私は初めて自分の未来について考えました。

それまでは今やりたいことを全部したい、やらない後悔だけはしたくない。といつも思っていました。しかし未来を考えたときにもやりたいことはたくさんあったのです。もっと遊びたいし、旅行にだっていきたい、もちろん幸せな結婚だってしたい。

やりたいことばかり出てきて、これから自分が一体どうすればいいのか分からない時期がありました。しかしいつかは決めなければならない。私はとりあえず実家に帰ってどうするか決めることにしました。

私が岡山に帰ると決めてからも私を使ってくれる人たち。さみしくなると言ってくれたり残ってほしいと言ってくれたり、いつでも戻ってきてと言ってくれたりと、初めは何の役に立たなかった私が少しは必要とされるようになっていたことがとても嬉しかったです。そんなことを言われて少し心が揺らぐときもありましたが、小さなころから頑固な私。一度決めて言ったことは実行します(笑)

実家に帰ってみると実家の有難さや賑やかさがもう私を逃がしてはくれませんでした(笑)もうこっちで就職しようと決めて何かこれからずっと私の強みとなる仕事がしたいと思い探していた時になかむら歯科クリニックと出会いました。

歯医者は小さいころに行ったきりで何年も縁がなかったのですが、ここに来て歯医者のイメージが変わりました。私は歯医者というのは虫歯になったり、痛くなってから行くところだと思っていましたが、なかむら歯科クリニックは予防を大切にしているのです。

これもここに来なければ気づけなかったことですね。症状がひどくならないために、予防することが大切なんですよね。治療することはもちろん大切ですが、虫歯などにならないために歯医者に行くという考えがすごいです。

なかむら歯科クリニックで働くことになったときに知識的な不安や技術的な不安はあったのですが、人間関係に全く不安はありませんでした。それは面接の際の雰囲気もそうですが今までの経験上、私が深く付き合おうと思った人たちに悪い人は一人もいなかったからです。

そんなよく分からない根拠は見事に当たりました。院長をはじめとして、なかむら歯科クリニックのスタッフの人たちは素晴らしい方たちばかりです。常に今よりも上を目指し全員が真剣に考えています。

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